海外生活を始めた頃、一番ショック💥だったのは、自分の中に自身でさえ知らなかった強烈・強力な『思い込み(bias)』があったことです。
[Photo by Nick Fewings on Unsplash]
それまで生まれてから20年ほどを日本でずっと過ごしてきたので、ある程度の『日本感覚』とか『日本(でしか通じない)常識』で行動しているだろうなぁ、とは思っていましたが、実家の両親が割と自由な考えの人達だった(と思っていた)ので、「私はオープンマインドでかなり開かれている💪」と疑いもなく信じていました。
日本に居た頃、結構浮いていました&伝統的な考えが好きではなかったので、自分は来るべくして米国に来たのだ🎉と心底思っていましたです・・・イテテテテ💧
実際の私は、(自分だってそうなのに)『男性メイン』と言われている音楽、楽器を演奏する女性達についてちょっと下に見たり、「女性なのに凄い!」「女性があんなことするなんて!!」と、女性が普通に企業のトップになったり男性メインだった業界で活躍している人達に対して一々驚いていました。これらは所謂『ジェンダー・バイアス』と言われる固定観念ですね。
更に、(自分もそうなのに)アジア人の英語が聞き取りにくい、とかお店でアジア系の店員さんに出会うと身構えたり、普通に街を歩いていてもブラック系の人達(特にガタイの良い男性など)とすれ違う時は超緊張したり、逆に白人クラスメートと一緒だと必要以上にはしゃいだり・・・これは人種差別そのもの💥ですが、本人は全く気付いていませんでした。
「女性だから」「男性だから」「アジア系だから」「〇〇人だから」「若い(年寄りだ)から」「大卒じゃないから」「〇〇出身だから」・・・自分の態度をこれらのラベル=固定観念によって変えるのは、自分が差別主義であることを端的に示しています。
こういうことを言うと、「いや自分は実際〇〇人には酷い目にあったんだ!」と反論する人もいます。私も〇〇人とか某男性とか〇〇国の入管とか、様々な所でトホホな状況になったことは数限りなくあります。
ですが、その自分の(小さな)経験ひとつでまるっと「だから自分は〇〇人は大嫌い!」というのはどうなの?と思います。こちらの旧友(アメリカン)が、以前マズイ寿司を食べて以来、和食は絶対食べない!あんな不味い料理良く食べる気になるよね、みたいな事を私の前で言った時には、いや~~とほほほ💧でした。残念としか言いようがないですね。
米国に来て、それまでの自分の思い込みを散々ぺしゃんこ💥にされた事は、とてもありがたい経験でした。特に若い頃ですと、変なプライドがあってもそれすらまとめてドカン!!とぺしゃんこ💥💥にされるので、刷新し易いのだと思います。
思い込み、固定観念は、年と共にどんどん固形化していくというか、人の中で重く固まっていくような気もします。普段からそういった事に意識を向けていないと本当に厳しい。
こちらの職場でそういう「自分の気付かない差別意識、固定観念」についてのワークショップがあったのですが、そこで示される例が本当~に「うわぁぁぁぁ!!自分もやってるかも😱」と思うようなものが多く、意識すること自体も中々ハードルが高いと感じました。
自覚することは難しくとも、例えばそういった事に気付かされる、指摘されるような事があった時にどう対応するか。これは自身のプライド?に直結する内容が多く、指摘されると逆切れ案件💥が多々ありますが、そこを敢えて深堀りする事も今後は必要になるのでは、と思います。
少なくとも現在の国際社会においては、人の権利についてとても進化した考え方が提示され、採用する国々がリードを取っています。同じ地球上なのに、考え方の違いが数百年位の隔たりを感じる事もしばしばあります。
私も自分の内にあるバイアスを見つめながら、様々な立場の人達を尊重する、まずレッテルではなく『その人自身』で見ることが出来るように心がけたいです🌈
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