職場では、全従業員が受講必須なクラスとかワークショップ(ハラスメントや人権関連等)があります。
米国社会の複雑さを反映していることもありますが、プロの心理学や法律関連専門家を招いて行うこれらのプログラムは、現時点で人権や差別問題についての最先端✨を学ぶことが出来る素晴らしい機会です。
自身が無意識に行なっている固定観念からの差別的仕草や考え方についても、「え〜?!これも差別的発言・仕草になるのか?!」と驚くことも多々あります。
自分が「そのつもり(差別するつもり)は全くない!」と鼻息荒くしても、その発言、その仕草、その行動をすることで相手に心的負担を掛ける、となったらもうアウト💥なのですね。
今日は人種差別に関するワークショップに参加しました。
そこで印象に残ったのが、今回のお題である『Equity』- ワークショップでは「Racial equity(人種間の公平さ)」と表題がありました。
Equity(今回は株関係💵ではありませんww)とはどういうことか。
私達はよく「人種平等」という表現を使います。平等とは『Equality』です。イコール、つまり平等なので、全ての人種を平等に見る・・・良いこと、目指す姿勢と考えられてきました。
ところが、平等は実はよろしくないとワークショップで先生が仰るのです。
機会の平等、平等の権利、平等(Equality)って大事じゃないか!と思いますよね。私もずーっと平等こそが大切❗️と思ってきました。
平等が素晴らしい、と言えるのは、それを受け取る側が『同じ条件(コンディション)』である場合のみ、なのです。
最初から物凄いハンデのある立場の人間と、特権階級に属する人間が「平等の機会」をもらったとしても、どう考えても特権階級の方が有利になってしまいますよね。
平等のマイナスポイントはここなのです。条件や環境を無視して機会だけ平等であっても、格差や不公平は絶対になくならない、これは貧富格差や性差別を含むありとあらゆる格差・差別問題に言えると思います。
そこで登場するのが『Equity(公平)』なのです。これは、ハンデある人達のハンデをなるべくカバーして、誰もが真に同じステージに立てることを目指す考えになります。
例えば、米国で有名なのがアファーマティブ・アクションです。有色人種(特にアフリカ系アメリカ人)や社会的被差別集団に対して進学、就職などの機会において積極的に優遇する措置のことです。これらの集団に属する人達に対し特別枠が設けられる、或いは積極的に雇用するといった主に人種間の格差(差別)を是正する目的で行われています。
このような是正措置を行うことで格差を是正していく、これが公平という意味になるのです。機会の平等は、全員が同じ土俵に立たないとあり得ないということですね。
勿論、このような是正措置に対して反発する人達もいます(特にそれまで無意識の特権的立場にあった多数派など)。
私自身は是正措置は必要だと思いますし、社会的、人種的、性的、様々な立場で格差や差別が存在する事に対し、こういったアクションを通して底上げしながら差別を無くしていく、それがひいては全ての人達にとって住みやすい世界になっていくと思います。
そう、目標は「全ての人間が自分の出自や肌の色や性差や嗜好で差別される事なく公平な機会を得られる社会」なのです。
私自身も米国においては有色人種のマイノリティになります。昔のような白人優位が表立った社会であったら到底叶うはずもない希望や夢が、積極的な格差是正を進めてきた社会運動のおかげで現実となっています。
差別がなぜダメなのか。なぜ平等ではなく公平でないとダメなのか。
私自身が米国で体験してきたことを踏まえても、差別や極端な格差は社会全体を衰退させますし、人間としての進化を阻害すると心底思います。
こちらに来て様々な経験を楽しんできましたが、学びも多く今も多くの気づきを得られる機会に感謝しています🌈
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